ブックタイトルshiniya-yamanasi-201710
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JR中央本線法雲寺芭蕉句碑山本周五郎生誕之地の碑聖護院道興歌碑初狩PA初狩駅中央自動車道国道20号線山本周五郎の石碑やまなし歴史散歩山本周五郎 生誕の地を歩く平成29年10月1日発行 富 士 の 国 シ ニ ア 山 梨 だ より 秋号(10)わたしたちは、山梨県老人クラブ連合会を応援しています。 庶民や名も無き流れ者の生き様など人情味あふれる作品で知られる小説家・山本周五郎(明治36年~昭和42年)。周五郎生誕の地である大月市初狩町は、周五郎ゆかりの碑をはじめ、歴史的な建造物も多い。 スタートはJR中央線初狩駅。駅舎を出ると左手に、地元有志でつくる「初狩ファンクラブ・山本周五郎研究会」が今年8月に建立した石碑がある。没後50年に合わせて建立したもので、自然石と御影石を組み合わせた高さ120センチの石碑には、周五郎の小説「山彦乙女」の一節を刻んである。 初狩駅から国道20号に向かい、交差点を右へ。国道をしばらく歩くと左手にあるのが「山本周五郎生誕之地の碑」。周五郎の本名は清水三十六。地元の長屋に住んでいて、長屋の持ち主の奥脇愛五郎が名付け親。明治36年の生まれであることから三十六(さとむ)と命名された。明治39年10月に初狩を出て大月駅前の運送店に間借りをし、その後両親とともに大月を離れ、東京・日本橋の「山本周五郎商店」に徒弟として住み込んだ。その主人に深く心酔したので、後年、小説家となった三十六はペンネームを山本周五郎としたといわれている。 さらに国道20号を進み、国道から右手に入る道を歩いていくと、「聖し ょうごいんどうこうかひ護院道興歌碑」がある。室町時代に諸国を行脚した僧侶の道興が初狩を訪れた際に詠んだ歌が残されている。再び国道20号に戻り、笹子川に架かる法雲寺橋を渡る。すぐの信号を左折すると目の前に法雲寺が見える。曹洞宗の寺で、郡内三十三番観音霊場札所のひとつ。奥には石碑の並ぶ写観音霊場があって、江戸時代の民間信仰の一端がうかがえる。 来た道を戻り、国道20号を勝沼方面に向かう。しばらく歩くと右手に大月市の武道館が見える。国道20号から武道館へ入る角にあるのが「芭蕉句碑」。江戸の大火の際、実姉のいた初狩に約5カ月、避難していた松尾芭蕉が詠んだ句「山賊の おとがい閉ずる 葎(むぐら)かな」が碑文になっている。明治29年に建立された。 芭蕉の句に触れた後は国道20号を初狩駅まで戻り、今回の歴史散歩を終えた。ゆっくり歩いて1時間半から2時間。ただ国道20号はトラックなどの往来が激しく道幅も狭いので交通安全には注意したい。 周五郎の生誕の地 周五郎没後50年で 石碑を建立 初狩に滞在した 芭蕉の句 江戸時代の 民間信仰にふれる周五郎生誕之地の碑山本周五郎の石碑芭蕉の句碑写観音霊場 聖護院道興歌碑