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わたしたちは、山梨県老人クラブ連合会を応援しています。平成25年2月1日発行富士の国 シニア山梨だより新春号(6) 昨年の3月11日の東日本大震災で私が感じたのは無常観でした。 そんな私の励ましになったのは、....

わたしたちは、山梨県老人クラブ連合会を応援しています。平成25年2月1日発行富士の国 シニア山梨だより新春号(6) 昨年の3月11日の東日本大震災で私が感じたのは無常観でした。 そんな私の励ましになったのは、避難場所の体育館で被災者のためにメモを渡したり配給物資を届けたりする雑用に駆け回っている、明るい少年の姿でした。その中学生はテレビの中で、「ぼくはおばあちゃんに『今しなくてはならいのは、今いる場所で、与えられた仕事を手抜きをしないで一生懸命にやる事だよ。それが今、懸命になって復興に尽くしている人たちへの励みになるんだよ』と言われて、みんなのために元気よく動き回る事がぼくの使命だと考えるようになった」と話していました。 その子を突き動かし全老連の動き全老連創立50周年記念講演全老連創立50周年記念全国老人クラブ大会で、作家の童門冬二氏が表題の記念講演を行った。老人クラブへの期待と更なる発展を願っての貴重な話の一部を会員の皆様にご紹介したい。たのは、おばあちゃんの一言だったのです。やはりお年寄りは、いつの時代でも、危急の時にこそ、役に立つ知恵と経験を持っているという事であります。 私が歴史を学んだかぎりでは、日本で最初に老人問題を政治の世界で取り上げたのが、八代将軍徳川吉宗です。神田の町医者が提出した「江戸には身寄りのない年寄りがたくさんいる。どうかお上の手で何とか診療所をつくってほしい」という意見書を取り上げ、江戸町奉行大岡越前守忠相の協力を得て開いたのが小石川養生所でした。今は東京都文京区の小石川植物園になっておりますが、そこは言ってみれば、国立の老人診療所です。 この小石川養生所の運営は、いわゆる税金で賄われていました。いわば、これは公助であります。私は公助と共に、他人の力に頼らない自助、世の中の全体が互いに助け合う互助、その3つが相まってこそこの社会は成り立っていくのだと思いますし、その3つを大切にする社会でありたいと思います。 吉宗の孫で、当時福島県の白河の藩主を務めていた松平定信は、天明の大飢饉の際、城下町の年寄りを小峰城の大広間に集めて、その危機を乗り切るための意見を聞いております。松平定信は「皆さんのしわとしわの間にはさまっている経験という宝石をいただきたい。この私のためにその宝石をつまみ出して、役立てさせてもらいたい」と古老たちにお願いしたのです。そして、老人たちの知恵と経験を生かして、何とか食料を確保することができたのです。 『論語』には、孔子が弟子の子貢に「これを守り通せば、人の道に反する事なく生を全うする事ができる文字があったら教えてください」と問われて、「其れ恕か」と答えたという事が書かれています。子貢は「恕」とは「常に相手の立場に立ってものを考える、やさしい思いやりの事だ」と理解し、「恕」の字を一生大切に守り抜きました。 コンスタンチン・ゲオギュルというルーマニアの作家は、スターリン体制下で、非常に制約の多い国民生活の一日は25時に等しいとして『25時』という小説を書きました。その末尾で、ゲオギュルは「しかしわれわれは絶望しません。たとえ世界の終末が明日であっても、私たちは今日もリンゴを植えます」と書いております。 今日お集まりの皆様は、そのリンゴの木を持っていらっしゃる。そして、それぞれの地域で、営々としておいしい果実を作っておられる。実った果実は惜しげもなく他人に、社会に差し出していらっしゃる。それこそまさに「恕」の精神であり、ヒューマニズムそのものであります。高齢者の知恵と経験を今こそ生かす時「いま、日本に求められるもの」入会のご案内皆さんも老人クラブ会員になりませんか?  会員になると住み慣れた地域に新しい仲間がたくさんできる♪ ニュースポーツを取り入れた健康づくりができる♪ 様々な世代の仲間と楽しく語り合い、趣味や教養文化学習を共有できる♪お気軽に地域の老人クラブの会長さんにお話しください!特典1特典2 特典3◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆記念講演をした童門冬二氏講演を聞く参加者